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幸せのカケラ

幸せな闘病生活〜常識は真実じゃない!【ひろ’s Colorful Life11】

幸い病気のおかげさま

ほんのちょっと…3週間くらい?のつもりが
間に合わないかも…3ヶ月?になり、
ダメそう…もう3ヶ月?となり、

結局「いつまでに治そう」と決めることも手放して
体と、病気と向き合い、私の闘病生活は3年以上に及ぶものになりました。

といっても、私は幸せだったのです。

体がツライ人にとって「あなたは病気なんだよ」と認めてもらえるのは、実はとても安心します。

『病は気から』
この言葉は、まだまだすごく曲解されていて。
「病気になるのは、弱いからだ!気を強く持て!根性でのりきれ!」なんていう、アホな常識がたくさんあるのですが、そうではないのです。

病気中は、できることしかできません。

私は内臓がほとんど正常に動いておらず、本来バラバラに動くはずの骨と筋と血管と筋肉がすべてくっついてしまっていました。

夜は眠れないし、足はダルすぎて常に吐き気をまとうし、息がうまく吸えなくて過呼吸に似た症状を起こします。
他にもいろいろあり、体はずっと痛くて苦しい状態です。

なのに私は幸せだったのです。

病気は、受け入れてしまうととても楽です。

「今はこういう時期なんだな」
「休めって言われてるんだな」
「ここまで強制終了がかからないと、私は止まらなかったんだな〜(笑)」

自分でそう受け取ることができたら。
さらにまわりの人たちにも「休む時期なんだろうから、ゆっくりしてね」なんて言ってもらえるたら、安心して過ごせるのです。

私が幸せだったのは、ただ、「今、この瞬間」に体と、自分と、家族と向き合っていればよかったから

それしかできない状況になると、人間は余計なことを考えなくなるものです。
つまり元気なときほど、人は余計なことを考える生き物なのですよ。

結婚記念日写真2010ver. といっても、病気で撮影が4ヶ月ズレ込みました。

幸せな闘病生活

「心と体はつながっている」
ということを 私はカラーを通して知識としては学んでいました。

けれど原因不明の病気になって初めて、
「繋がっているってこういうことか!」
と体感し、『健康第一』の本当の意味を知ったのです。

健康を失うと、何もできなくなる。
机上論で知っているのと体験を通して腑に落ちるのは、全然ちがいました。

闘病中、まず私と向き合ってくれたのは母でした。
彼女の覚悟は、今思い出しても頭が下がります。

指1本、自分の意志で動かせなくなった私に母は言ったのです。
「今までも何度か言ったけどね。ひろこを育てる中で上手に愛をあげられなかったんじゃないかって。
 それがこの状況に何か関係してないかな?」

私は仲良し家族の中で育ててもらったと思っていたし、がまんしたりうまくいかないことも「そんなもんだ」と思っていました。
「すべて私が悪い」が当たり前だったし、だからといって家族が嫌いなんてこともない。

でも、もしかしたら…

そこで私は、小さなエピソードをひとつつひとつ、母に話してみることにしました。

最初はかなり勇気がいりました。
ひとつひとつは、本当に小さなエピソードなんです。
他人が聞いたら「え?そんなことで?」と思われるようなこと。

でもその積み重ねが『今』を作っているんです。

「こういうことがあってね。あのとき、どうして怒られたのかわからない」
「あのときはね、悲しかったの。ただ『ごめんね』って言ってほしかった」
「本当の気持ちを言うと怒られると思っちゃう」

過去における、小さな小さなエピソード。
本当に、すっごく小さなことばかり。
けれど何十年も私の中にくすぶっていたモノ。
それをひとつひとつ洗い出し…

母はエピソードを聞いてはひとつずつ受け取ってくれて。
途方もない時間をかけて、毎日母と話し続けました。

この作業は母との関係にとどまらず、学生時代をはじめとした過去の人間関係や、自分がこだわっている思考のクセ(特に仕事とお金関係)、主人との関係などにも及びました。
闘病生活中に、主人の両親と6人で家族会議もしたのです。

まごうことなく、仲良し夫婦、離婚の危機でした。

そしてとりあえず一段落…となった頃、私の体の自然治癒力は以前よりもだいぶ高まり、私は死にかけから重病人にまで回復していました。

結婚記念日写真2011ver. 元気そうに見えるけど、まだまだ重病人の頃

常識は真実じゃない!

今、ブログを読んでくださっている方の中に、原因不明の体調不良や生きづらさを感じている方がいらしたら、「自分が常識だと思っているものを疑うこと」をオススメします。

たとえば「食べる」ことについて。
『食べると元気になる』
これはある意味、大ウソです。

本当に体調が悪いとき、体は病気を治癒する方にエネルギーを使いたい。
けれど食べると、消化にエネルギーを回さなければならないのです。

「たくさん食べられてよかった」

そう言って安心するのは、本人じゃなくて、まわりの家族です。
患者本人は家族のためにがんばって食べて、かえって病気が悪化してしまうなんてこともある。

 でも心配してくれている家族を思うと…

うんうん。
そういう気持ちは、私も病気だったからよくわかります。

でも、それでも無理して食べではダメなんです。

同様に、栄養のあるものを…と、肉や魚を食べるのもオススメしません。
消化に負担をかけたくないから。

これに関連したことはまた機会があればお伝えしますが、私たちが『常識』だと思っている情報の多くは間違いで、それによって自然治癒力は損なわれていくことが多いです。
自分を見失っていくことも多いです。
それを知っていていただきたいなと思います。

それから

 ストレスを感じることは、一切やめよう

私にとって、これは挑戦でした。
それくらい私たちは、ストレスのある生活が当たり前になっているということですね。

「今はストレスのかかることを一切しないようにって言われてて…」
「いいご身分ね〜。羨ましい」

なんていう会話もありました。
そんな時はブラックな私が出てきて、

 じゃあ、あなたも死にかけたら?

なんてね、言いませんでしたが。
思っちゃダメでも、そんな反応が私の中から湧き出てきたりもしたものでした。

どこにでも、暴言を吐く人はいるものです。
そんな人とはそこまでのご縁としたらいい。

病気は、身の回りの整理をするにもいい機会です。

私は人間関係、洋服、家などいろいろなものを整理しました。
これらもまた、自然治癒力をあげるのに一役買ってくれたのだから、この世界は不思議です。

世の中では、ちょうど断捨離という言葉が流行りだしていた頃でした。
一足お先に、人生の整理整頓をした感じです^^

 会いたくない人とは会わない
 やりたくないことはやらない
 好きなことだけする

まじめな人ほど、これ自体が挑戦だったりするでしょう?
そんな方にほど、オススメなのです。

結婚記念日写真2012ver. まだ細いでしょう。重病人から、病人くらいまで回復した頃

多言語ライフ満喫!

車椅子生活だった私が広島から東京を経て札幌に戻り、また広島や静岡に治療に行き…
数ヶ月して「好きなことだけしなさい」にのっとってやったのが『多言語活動』でした。

私は『言葉』にとても興味があって。
ちょうど倒れる1年前に『多言語の自然習得』という活動に出会っていたのです。

倒れた後は音も光もダメになっていたので、自然光の中・無音の世界(自然の音だけ)で生きていましたが、少しだけ、気力が湧いてきたんです。
といっても、椅子に座るのだって10分が限界だし、動きはのろまな亀以上に鈍かったし、モノが持てないからお買物すら行けない体だったのですが。

この活動は『赤ちゃんのように』がコンセプト。
それが私にはぴったりでした。

だって私、赤ちゃんみたいな状態だったから。

積み上げたものをすべて失って、ゼロになった状態
すべてが崩壊した状態

だからこそ変な『欲』も『我』もなく、言われたことだけやることができました。

人は、積み上げたものが壊れることを恐れるけれど、崩壊って、そんなに悪いものでもありません。

大学入試でデッサンをしていた時に学んだのですが、デッサンて描いたものを消して、またその上から描くんです。
「練りゴムで消す=光を描く」だったりもするんです。

つまり消すことも描くことの一部。
消されてできた『白』と、そのままの画用紙が残っている『白』は、深みも意味合いも全然違う。

積み上げたものが崩壊するって、そういうことだと思うから。
私、デッサンを知っててよかった!

赤ちゃんになった私の中には、いろいろな言語がどんどん入ってくるようになりました。
最終的にはメキシコにホームステイに行き、帰りの飛行機が飛ばないというトラブルに見舞われる中、カタコトでスペイン語通訳ができるまでになったのです!

結婚記念日写真2012ver. 仕事はできないけど、多言語ライフは満喫していました

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