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幸せのカケラ

主人が会社を辞めちゃった!【ひろ’s Colorful Life9】

カラーリストとしての一歩

2005年10月
カラーセラピスト&カラーコーディネーターとして独立しました。

最初は、商店街にあるお店の一角を間借りしてのスタート。
けれどそこは借金があったらしく、だんだん雲行きが怪しくなっていきます。
日に日に物がなくなっていき真冬にとうとうストーブまで!

結局2ヶ月でさようなら。

スタートを切るために、私の人生に現れてくれた人たちだったのかなと思っています。

幸い人に恵まれ、札幌市の公共施設や区役所などからお仕事をいただいたり、素敵な友人との出会いによって、私の札幌ライフは楽しく過ぎていきました。

北海道は広いので、主人と4ヶ月も会えない!なんていうこともありましたが。

そしてホームページも作りました。
実は私、稚内時代に友人のススメでこっそり小説サイトを立ち上げていたのです!(もうありませんよー)
そのおかげで、自分でホームページを作ることができました。

人生、自分が積み上げたものに無駄なんてないということですね。

結婚記念日写真2007年ver. 札幌で、ナチュラルフォトを撮ってくださる素敵なカメラマンと出会いました。

主人が会社を辞めちゃった!

マンスリーマンションの期限がきて稚内へ戻ることになりました。
そして仕事をスタート。
基本は稚内、たまに札幌に出張、帰省の際は東京でもお仕事をして。

25歳で会社を辞めてしまったので、社会人として私はとても未熟です。
右も左もわからないながら、チラシをポスティングしたり、ブログを書いたり…
なんとかやっていました。

おもしろかったのは、「自分の仕事」をするようになったら稚内に潜んでいた、『働く女性』との出会いが増えたこと。
保育士さんとか、スポーツクラブのインストラクターさんとか。

そして稚内へ戻って1年も経たない頃、なんと主人が会社を辞めてしまったのです!!

家計が破綻しはじめる

「30前に、やりたいことに挑戦したい!」
その気持ちはよくわかります。
私も都会に住みたいし、札幌でも東京でもお引越しは大歓迎。

転勤ではなく、辞めてきてしまったのには驚いたけれど、私がずっと「都会に行きたい!」と言っていたのが、彼のプレッシャーになっていたのかもしれません。

主人は札幌の調理師専門学校に通うことになりました。
けれど見通しが甘かった…

当然のことながらそんなにカンタンな世界ではなく、就職…となったときに現実が見えたのです。
調理師の給料じゃ、家賃を払ったらなくなってしまう。
休みは週1日。
残業は深夜まで。
残業代は出ない。
だから他にバイトするのも、物理的に無理。

そこで主人は、自宅で料理教室を開くことになりました。
しかし彼は、自営よりも会社組織にいた方が能力を発揮するタイプだったのです!

いつの間にか、私が大黒柱に。

当時の私は、自宅の一室をサロンにして仕事をし、専門学校(美容校と製菓調理校)で色彩検定対策講座をはじめ、デッサンやセルフプロデュースなど7講座を教えていました。

けれどお仕事大好きとはいえ、私は大黒柱になりたいわけじゃなかった。
そのことに、こうなって初めて気づきました。

バランスの崩れてしまった家庭をどうにかしようと、講座に通ったりビジネス投資したり。
あがいて足掻いて、しかしことごとく裏目に出てしまい、とうとう懇親会費¥3,500すらも払えない生活になってしましました。

専門学校は時間単価で決して手取りがいいわけではありません。
サロン収入も水もの、収入の安定しない恐怖が2〜3年続きました。

 来月はもう、住む場所がないかもしれない…

貯金も底を尽きました。

結婚記念日写真2008年ver. 今の主人とは全然違う表情。
ちなみに今は、会社組織の中で生き生きと仕事をしています!

「素敵な夫婦」と言われる苦痛

我が家は何かに興味をもつと、とりあえず「これに行くけど、一緒に行く?」という会話をします。
夫婦2人で仲良く参加というのは意外と少ないらしく、何かに参加するたびに「素敵な夫婦でいいわね」と言われていました。

それは嬉しいこと。
けれど実情は火の車です。

しかも夫が調理師免許をもっていると知られると、「ご飯作ってもらえていいよね〜」と、いつの間にかすべて夫がやってくれていることになっていて。
当時の私は、それを流したり受け入れたりする心の余裕がなく、だんだん『素敵な夫婦』と言われるのが苦痛になっていきました。

「彼が会社を辞めたのは、奥さんのわがままのせい」
「あなたと結婚してくれた彼に感謝すべき」
「相手に求めすぎている」

こんなに苦しくて、貯金もつぎ込んで、必死に働いて、心も体もボロボロだけどそれでも私が悪いのか…
まだ私は、感謝が足りないのか…

子どもの頃からの異常なまでのがまん強さと「悪いのは私」という思考で、私はギリギリのところに立っていたのです。

結婚記念日写真2009年ver. 苦しくてもやっぱり好きで、だから散々悩みました。

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