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幸せのカケラ

レッドのように、ただ動く

自分が一段上に上がるとき。
つまり次のステップに進む時、今までと同じことだけしていては、前に進めません。

そんな時、新たな挑戦がやってくる。
それは時として、ちょっと尻込みしてしまうようなことかもしれません。

だって慣れていないから。
経験したことのないことだから。

自分がするべきことを「やらなければならない、努力しなければならない義務」と捉えるか 、「自分が決めたこと」として楽しんでしまうか。

本当はただそれだけの違いだと思うのです。

同じことをしたとしても、それを『努力=嫌だけどがんばる、苦しいもの』としてするか、『当たり前のこと』として軽やかにするか。
それによって、その人自身が得るものも周りの印象も、全然違うものになってきます。

「努力しなくっちゃ」「がんばります」という言葉は、ともするとその場しのぎになる。
その言葉に酔いしれて、そして何もしなくても努力した気、がんばった気になれちゃったりもするのです。

少なくとも私にとって、『努力』という言葉はとても曖昧で抽象的な、自分勝手な言葉です。

 それ、具体的に何するの?

「努力します」「がんばります」は、不思議な魔力をもつ言葉。
それだけで、自分を「忙しい気」にさせてくれます。

まるですっごくがんばっているような。

けれど本当は、何も動いていない。変わってない。
だからしばらくして気がついて、また「ああ、何も進んでない!」なんて思うのです。

『努力』という言葉を使って自分をごまかす。
そんなことをするくらいなら、「具体的にすること」を「自ら」考えて動いた方がいい。

『努力』という単語はとても抽象的。
それでも「あり方(BE)」と「行動(DO)」と「結果(HAVE)」を一致させられるならいいけれど。

そんなことができる人は、そうそう多くありません。

大抵はその言葉のトリックに騙されてその気になるだけだから。

『努力』なんていう言葉は使わなくていい。
むしろ、使わない方がいい。

自分がやると決めたことをただ、やったらいいのです。

あーだこーだ言わないで(バイオレットのネガティブエネルギー)
余計なことを考えないで(イエローのネガティブエネルギー)

レッドのように、ただ、動くのです。

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